言葉には意味が無い という話


[言葉]には意味が無い。

それをいっちゃあおしまいなんだけど、ここまで[言葉社会]が飽和している今、一回「おしまい」にするのも御一興かと(笑)

実際、[言葉]の意味は各自の脳内にしかない。

「赤い花」って[言葉]ですら、全員が違う答えを持っている。

見て(感じて)いる世界自体、そしてそこから産まれる発想も方向性も全員が違うんだし。

http://www.benten.in/blog/?p=3905

「赤い花」をそれだけで言い表すことも出来るし、原稿用紙100枚の[言葉]で表すことも出来る。

遊牧民ベドウィンは、ラクダの呼び名だけでも150個くらいあるんだっけかな?

もちろんそれは、ベドウィンの暮らしにラクダが密接に関係しているからだ。

「産まれて間もない、産毛が生えた状態」だろうが、「旅を20回こなした立派な雄」だろうが、日本人には「ラクダ」だ。

ベドウィンに「iPhone 3GS ホワイト、容量32G」ってことは、さほど意味はないだろう(偏見w)。

[言葉]なんて、そんな感じだ。

「馬鹿」「変態」「利口」「やせている」「普通だね」「エロいね」・・・・

褒め言葉と感じる人もいれば、けなされたと感じる人もいる。

そんな感じだ。

結局、各自の[世界観]の中での[相対的]なやりとりなんだもん。

解りやすいのは[反意語]。

[反意語]は同じルールの視点違い、結局同じ意味だ。

http://saihate.com/blog/2010/01/24/hanigo/

[偶然 / 必然]

「全ては偶然だ」という人も

「全ては必然だ」という人もいる

「いま、風が吹いたのは偶然」

かどうかは、その人の[世界観]にかかっている。

[自分]を中心に発想するなら、風が吹くのは[自分]の想定外、自然現象、[偶然]

[全体]で発想するなら・・・世界の現象全てが完璧にリンクしないと、今ここに「風」は起きない。

[風が吹けば桶屋がもうかる]とか、南米で羽ばたいた蝶がアメリカで台風を起こすというという[カオス理論]も、そういう話。

その人次第で「全ては[偶然]だし、全ては[必然]」だ。

同じことなんだ。

[損/得]

[損]する人がいれば、誰かが[得]をしている。

その人の発想次第、相対的だ。

自分が100万円儲けたら、得した気分?

家族が100万円儲けたら、得した気分?

友達が100万円儲けたら、得した気分?

隣の家のおじさんなら? ごひいきの会社なら? 東京都なら? 日本なら? アメリカなら? 地球全体なら?

全部、その人がどこまでを[自分]と同じ共同体としているかにもかかっているよね。

[言葉社会]でどっぷり暮らして、自分の[感覚]や[感情]まで[言葉]に置き換えて処理してるんじゃないかな?と思える人も多い。

「[初日の出]を[見た]から[縁起]が[いい]」

「[ふられて][悲しい]から[癒し]が[必要]だ」

「[仕事]で[ストレス]が[溜まった]から[カラオケ]で[発散]する[べき]だ」

「[地球][環境]を[守ら][なければ]」

という[言葉]ばかりで、肝心な全体と本質を見失いがちな気もする。

[言葉][数字]が[左脳]の処理で、[感覚]が[右脳]の処理といわれている。

[言葉][数字]は、限定していく[左脳]の処理。

[感覚]は、大雑把、全体、[右脳]の処理。

[五感]に身を委ねれば、[右脳]が活発化し[仕事]が出来なくる。

[仕事]に集中すれば、[五感]は邪魔になる。

[仕事]ばかりやっていると、[五感]にゆだねた遊びをしたくなる。

[遊び]ばかりやっていると、カッチリ固めたくなる。

結局、バランスだよね。

都会の人は[スローライフ]に憧れてるけど、[スローライフ]はメチャ早いからね!

日の出の瞬間瞬間の光を味わい、朝露が葉から落ちるのを味わい、雲の流れを味わい、風を感じ、手間隙かけた料理の味を、味わう。

ね、[感覚]の上では、メチャクチャ早いでしょ(笑)?

さて、[言葉]。

言ってしまえば、

「明日、ハチ公前に、10:20分に集合」

という[言葉]には[情報]があるけど、その[意味]はそれを共有出来る器の仲間内だけにしかない。

ケニアのナホムさんにそれを言っても、通じない。

通じる様にするには、いろいろ説明しないといけない。

蟻に言っても、通じない。

人間のルールや[ハチ公]の意味を説明した後「ハチ公前の台座の右前端から何cmの地点」まで伝えなければ、そこに集合出来ない。

スケールが違う。

太陽に伝えたいなら、もう、、、もう、どうしよう(笑)?

スケールが違う。

実に下らない屁理屈だけど、実際、そうだよね(笑)

[言葉]は便利だけど、共通の[認識]、[世界観]、[方向]があって、はじめて意味をなす。

とても相対的で、不器用な情報伝達手段ともいえる。

[言葉]より[絵]や[音]が人の心にうったえることがある。

それは「[言葉]より[芸術]の方が伝わる」じゃなくて、それを表現した人の情報伝達力が[言葉]を越えたということだ。

「伝えたいこと」があるなら、手段は何でもいいもんね。

渡り鳥達が毎年同じ時期に同じ場所にやってくるのにも、亀が満月の晩に一斉に卵から飛び出すのにも、魚の群れが一斉に方向を変えるのにも、[言葉]はいらない。

人間でも、結構そうだ。

自然体で生きている人達は、[約束]なんかしなくても、笑っちゃうくらい[完璧]なタイミングで人々が集まり、動く事にいつも感動していると思う。

[言葉]には意味が無い。

[数字]にも意味は無い。

http://saihate.com/blog/2010/01/19/no-suuj/

だからこそ、行き違いがないように、大事に使っていこうと思う。

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9 Responses to “言葉には意味が無い という話”

  1. [...] – 投稿者 : saihate (saihate Blogより転載)- [...]

  2. saihate より:

    震災、そして放射線、、、
    命、生き方という根源的なところを問い直されて、twitterという言葉の伝播が起こり、本質がすれ違いあう。
    いよいよ言葉の意味のなさがあらわに。

  3. saihate より:

    マス政治やマスメディアの本質もあらわに、選挙を通過し、言葉で構築された政治や法律の意味なさもあらわに。

  4. saihate より:

    飽和しきって、だんだんと、言葉の意味が反転をはじめている。
    社会もここまで到達しちゃったならば、「それを言っちゃあおしまいよ」ってような事に価値がありそうな。
    しかも、言うだけでなく、やる。 

  5. IsabellaChief より:

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