デジタルとアナログは同じ という話

「反意語は同じ意味だ」

http://saihate.com/blog/2010/01/24/hanigo/

その中でも[デジタル / アナログ]の反意語は、特別な意味があると思う。

[デジタル]と[アナログ]が反意語として成立したのは、[デジタル]の表現力が[アナログ]と大きく隔たりがあったからだ。

要は、テクノロジーが処理出来るデジタル情報の量の問題。

写真を例に出せば、今やデジタルカメラは銀塩写真の表現力を越えた、とも言われる様になった。

逆にトイカメラの様に曖昧な画質を好む人も増えて、デジタルトイカメラまで登場している。

そうなってくると話は[デジタル]か[アナログ]かではなく、私はこんな感じが好きです・・・という部分だ。

表現力に対する[デジタル / アナログ]論は、近々決着がつきそうだ。

もっと根源的なところも見てみよう。

メディアがデジタルでも、モニタやスピーカーから光や音に変換されて、人間は五感でキャッチするんだから、結果全部はアナログともいえる。

でも、人間の神経パルスや脳内処理まで突き詰めれば、結局は[ON / OFF]信号。

デジタルともいえる。

まだ天命反転住宅BENTENオフィスがあったころ、デジタル回路の設計者が遊びに来た事がある。

その人の仕事は、ICチップの設計だ。

詳しい事はチンプンカンプンだけど、話がとても面白かった。

デジタル回路は、[0 / 1][ON / OFF]という究極の二択で動作を構築する。

まず面白いのが、デジタル回路といえども信号が突然「ON!」となる訳ではなく、立ち上がりに時間が存在するということ。

[OFF]から[ON]になるまで、「[0]と[1]の間」が存在するそうだ。

デジタル回路の波形を見て、アナログ回路の設計者は「ここ、もたついてるな」などと指摘するそうだ。

CDの音がブツ切れに聴こえる岡田多母さんは、その狭間を聴いていたんだ。

次に面白いのが、デジタル回路は[ON / OFF]という究極の二択で構築されるので、論理上「出来ない事は無い」という発想。

ある目的があるなら、そういう回路を構築すればいいという、極論の部分ではね。

出来ないなら、設計者の発想自体が「それが無理」ということだ。

そんなだから、回路の設計者同士で設計図を見せ合うことはメチャクチャ恥ずかしいらしい。

「ある目的」に対して到達するための二択の連鎖は千差万別、正解は無い。

その設計図は創った人だけのプロセス、その人の人生観そのままともいえる。

「へ~、君はこんな感じなんだ~」と全部バレる。

これを見られるのは、確かに恥ずかしいかも!

「二足歩行ロボットは作るのが大変というけど、二本足メカニズムだけ作って「転ばずに歩く」という動機のもと学習能力をつければいいんじゃない?」と聞くと、

「理屈上は。でも、回路設計者の人間性がモロに出るよね」

・・・そう、回路設計者の価値観によっては、ロボット君は歩くためなら手段を選ばない。

人類が自分の歩く妨げになると判断したら、「人類を滅亡させてから歩こう」と動き出すかもしれない!

[抑制]が必要なら、設計者は[倫理]まで設計するか[感情]というプログラムを組むしかない。

[魂]を[器]に・・・設計者、神じゃん!

法律と人、人間の親子関係もそれに近いと考えると、これまた考えさせられる。

「回路設計者、ヤバいね。何でも出来るじゃん!」と言うと、

「デジタル回路には莫大なお金がかかるし、仕事な以上、会社の方針と利潤の範囲内の事しか出来ない。これは、職業なんだよ」と。

「じゃ、自分の生活が保護されて、会社の方針とお金っていう制限がなかったらどうする?」と聞くと、

「それは最高だね。そしたら、この世に出来うる限りの役に立つシステムを創れる。でも、[回路設計]を職業と割り切ってやっている人も多いから、お金の問題が無くなれば仕事を辞める人もいるんじゃないかな?」

ここまでくると、資本主義の構造が逆に発展の妨げにすらなっているという皮肉。

[お金]が絡むと、「それ以上のことをすると損」という発想もうまれる。

だからsaihateは仕事で映像作る時、創作が完成するまでお金の話は一切しない。

映像作るのが好きなので、「全力でやりたい」からね。

多くの次世代テクノロジーは、利潤のために封鎖されているとも聞く。

世界中で[石油]や[電気]が主流エネルギーなのにも、そういう理由はある。いまさら変えるには、巻き込むモノが多過ぎる。

天命反転住宅を作った荒川修作もボヤいてたな。「友達が水で走る車完成させたんだけど、発表出来ないんだよね~」って。

[アミ 小さな宇宙人]という本で、「理念が[愛]でなければテクノロジーは発展しない」みたいな言葉があったけど、そういうことだよな~

資本主義が外れた時、みんなのの動機が「それ」だったら、世界はドカっと進歩するんだろう。

競争する必要が無いので、企業秘密も全部クリア。

みんなで、最高のモノを目指すだけ。

話を戻そう(笑)

デジタル回路の話を聞くと、人間の発想の根源も小さな[二択]の連続だということを改めて知る。

人生は、その設計が全てみたいなもんだ。

「明日、武道館でワンマンショーをやりたい」ならば、理論上は「出来る」。

それが出来ないのは、自分がその方法を構築出来ないからだ。

逆にいえば、プロセスを構築出来る人はすでに「出来ている」と同じだ。

出来る人にとっての二択は「明日、武道館でワンマンショーをやりたいか」どうかだ。

スプーン曲げで有名な超能力者、清田君という人がいる。

スプーンの握りの下端をつまんで、数分睨むと、触ってもいないスプーンの頭がポロっと落ちる。

「どうしてそんな風になるの?」と聞くと、

「全部をイメージする。この部屋、この温度、ギャラリーがスプーンが落ちるのを見てどんな顔をして、どんな歓声をあげるかまで100%イメージした時、そうなる」

イメージ力が現実になるという、非現実的な現実の話。

その時の清田君にとっては、時間も越えてイメージと現実は同じところにある。

余談だけど、清田君の家では時間が経つのがメチャクチャ遅い。これは、みんながそう言う。

イメージは、現実になる。

逆にいえば、何かを[願う]のは「叶わない現実をみている」からだ。

「歌手になりたい」人は[ショービジネスの構造を理解し、ステージに立つ多くの弊害まで知って、なお求めるなら]なるだろう。

その前に、「歌手になりたい」人は歌手ではないが「目の前で泣いている人のために歌った」人はすでに歌手だってことを忘れている。

話しが脱線してるのか、核心に向かっているのか解らんが(笑)

限界まで噛み砕けば人間の神経も脳も[ON / OFF]しかない。

もっといえば、科学的に言えば三次元宇宙は周波数の集まりで、それも極限まで噛み砕けば、[ON / OFF]でしかない。

この宇宙で産まれ、暮らす人間が手に入れた究極の論法は、やはり二元論に行き着いたというシンプルな話なのかも知れない。

もしもデジタルが生体と同じ意味になるまでテクノロジーが進化したら、、、

生体ネットワークで感覚レベルで繋がった人類は、、、

[あなた]も[私]も[良い]も[悪い]も[嘘]も[真]も[時間]も[空間]も[距離]も[言葉]もない、「個にして全、全にして個」。

集合体としての人類の完成。

アニメで言うなら[人類保管計画]、スピリチュアルで言うなら[アセンション]、宗教で言うなら[最後の審判]、科学で言うなら[四次元]。

ある意味、Googleが今回の人類の[神]になるのかも知れない(笑)

http://saihate.com/blog/2010/01/15/googlevschina/

サイハテ

タグ: ,

5 Responses to “デジタルとアナログは同じ という話”

  1. [...] 投稿者 : saihate (saihate Blogから転載) [...]

  2. [...] いつか、人類がデジタルとアナログが同じ意味だと分かるまで進歩した時、、、生体とテクノロジーとの違いがなくなる。 [...]

  3. [...] [デジタル / アナログ]も一緒だ。 [...]

  4. [...] This post was mentioned on Twitter by 清田益章, 清田益章 and saihate, saihate. saihate said: 清田君のHow To スプーン曲げから学んだこと→http://j.mp/g8wS4T @KiyotaMasuaki RT:清田君のどうしたらスプーンが曲が [...]

Leave a Reply