世界の動き方 の話

synapse05-03

2010 1/17

ミクロとマクロは相似象、視点&表現の違いはあれど同じ構造だということは科学的にも哲学的にも同じ見地。

原子の世界から、宇宙の規模の話で切り取っても、それは法則の上に成り立っている。
さて、人間はその狭間でで泣いたり笑ったり楽しんでいる訳ですが・・・

ここでひとつ、細菌の世界にチューニング

細菌の存在は、大本は一緒。
つまり、善玉菌と悪玉菌は元は一緒
なんだよね。
(学術上の細かい話や「善玉」「悪玉」が人間の発想で括られた存在という事は置いておきます)

さてある特徴において、それを「善」「悪」で括るとします。
安定した状態は大体2割の「善」と2割の「悪」(反対に作用する菌)、そしてどちらにも付かない日和見菌(ひよりみきん)が6割という状態。

日和見菌 は(その括りに関して)まさにヒヨったどうでももいい菌・・・その他大勢な存在。
でも、この存在が大事。
「善」の活動が活発になり2割からある一定数まで増えると、日和見菌が一斉に「善」に変化する。
逆に「悪」が活発になった場合は、日和見菌は「悪」に染まる。
結果、その細菌の総合が「善玉」「悪玉」としての活動体になるという寸法です。

そもそも酵母菌とかビフィズス菌とかを[有用菌]、大腸菌とかを[悪玉菌]というのも人間の勝手なんですが。

その総合体はその特徴として存在を固め、その総合体がさらに大きな括りの中で作用していく・・・と。


人間と一緒でしょ?

最近の人間界の例で言えば、エコブームとかね。
数年前までは「地球を大事に」なんて言う人は「宗教でもやってるの?」なんて嫌悪の目で見られていたわけだけど、エコがメジャーになった今ではいたってシラフな発想になったでしょ?

クラスにワルが多かったら、みんな悪に染まるとか、ねw
「類は友を呼ぶ」 や「波動共鳴」も、科学的な連鎖反応も、表現はあれこれながら現象的にはそれが根本かと。
今の科学でも「引力」の意味は証明されてないけど、簡単にそれが持つ「力」ってことでいいんじゃないかな〜
強烈な「魅力」「吸引力」には、色々な物が「集まる」 、それだけの事なんだから。

人間界も(人間だけじゃなく、もう全部!)そうやって活動してきたってこと。
例えばTVやマスメディアを利用して影響を与え、人々に響かせて市民権を得る、と。

そういう意味では、世界はどの集合で括って、どこに影響力があるのか

現時点での地球での大きな括りは「国」だよね。
その垣根も無くなりつつある。
そろそろ、地球の総合体としての結果が出るって段階に思える。

昔は国と国が戦争しまくってたけど今では戦争する国は非難の対象だし、エコブームで「地球を大事に」ってのはメジャーな発想として定着してる。
そういう風に人類もきちんと経験を積んで大人になっていくという見方をすれば、地球の未来は明るいとしか言い様がない

あとは、自分は日和見菌な存在でいいのか? って部分が重要だね。

もちろん、ヒヨっててもいいし。
無限にある選択肢の中では、自分には「どうでもいい」事もいっぱいある。
そのチョイスが、人生ともいえるのじゃ?

自分に関係する大事な事は、自分で決断を持と!
当たり前だけど、さ。

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「資本主義崩壊」を楽しもうという発想で始まったBENTEN
おかげ様で、多くの方々と話をする機会がありました。

今のところの世間は「資本主義崩壊」という括りは、ほとんどが日和見菌の状態。
数年前は「資本主義崩壊」「お金の無い社会」 の話は「何言ってるの?」って世界でしたが、世界的な不景気のお陰で「資本主義崩壊」も大分メジャーな発想になって来ました。

部分的に括れば、すでに「ようこそ崩壊!」ってとこまで100%シフトしてますがw

まだ「資本主義崩壊」という括り自体が地球規模ではセットされて無い訳ですが、近々2:6:2のスタートラインにセットされる時が近々来るかもしれない。

その時、日和見菌がどう動くのかは資本主義「継続派」と「新時代派」の影響力にかかっているという事です。

どちらでもいいと思います、世界が輝いていれば!


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4 Responses to “世界の動き方 の話”

  1. [...] 投稿者 : saihate (saihate Blogより転載) [...]

  2. [...] それについては、「日和見菌の話」が面白いよ。 http://saihate.com/blog/2010/01/17/moving-world/ [...]

  3. [...] なんせコチラチェックで。 [...]

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